アラサー社会人のイギリス大学院留学

エディンバラ大学の修士課程で四苦八苦しながら勉強しています。

広告記事のタイトルに「PR」を入れるかどうか問題

yoppymodel.hatenablog.com

 

 興味深い問題だったので、僕も少し考えてみた。

 まず個人的な嗜好としては、広告記事のタイトルには「PR」の文字が入っている方がうれしい。もっとも大きな理由は、リンク先の「優良誤認」の話と同じで、自分自身に「よい記事」を見分ける能力がないと思っているから。どちらかといえば僕は騙されやすい性格で、CMや映画に出てくる商品なりライフスタイルにすぐ影響されてしまう。「よい記事であれば広告かどうかに関係なく読者に有益だ」と主張する人もいるけど、僕自身は知らず知らずのうちに影響されちゃうのが怖いので広告かどうかは事前にわかった方が便利。

 さて、ここからはルール作りの話。一連の議論の中で「『広告であることがわかった方がよい』という意見に応じて広告記事のタイトルに『PR』と表記するルールにすると、『暴言』『政治の話』などなど際限なく配慮をしなければいけなくなってしまう」という意見もわかる。ただ、僕は配慮する/しないを単に人数の多寡で決めてしまうのもアリだと思っている。この場合でいうと「多数の人が『PR』という表記をタイトルに入れてほしいと思っているから『PR』の表記は義務とする、ただし『××』の表記を入れてほしいという要望は一部の人から出ているだけなので義務としない」という分け方。どうやって多寡を判断するのか、「多数」とはどの程度を指すのか、といった実務的な論点はもちろん慎重に設計される必要があるけど、制度設計として「程度問題」に対して数を基準としたルール作りを行ってもいいんじゃないか、というのが僕の意見。現実にも、たとえば所得に応じた福祉制度のように、程度問題に対して仮の基準というか取り急ぎの基準を設けて運用している例はある。