アラサー社会人のイギリス大学院留学

エディンバラ大学の修士課程で四苦八苦しながら勉強しています。

「死んだ英語」でもいい

 日本の英語教材に、ときどき「ネイティブの生きた英語を学ぼう」という趣旨のブログ記事や参考書がある。この場合「生きた英語」とは現代に生きる英語のネイティブスピーカーが日常生活で使う単語や表現を意味する。

 もちろんこうした表現はコミュニケーションにおいて重要だし、その表現をきっかけに他人と打ち解けられる場合もあるだろう。しかしながら、「生きた英語」は概して用法が難しい。場合によっては皮肉やちょっと刺激的なニュアンスが含まれていることもあるし、何よりカジュアルな表現であるケースが多いのでTPOをわきまえた使い方をしなければならない。また、僕のような非ネイティブスピーカー相手には通じない可能性も考慮する必要がある。ネイティブスピーカーであっても、世代や住んでいる場所によっては通じないこともあるだろう。

 その点「死んだ英語」、典型的には英語の教科書や英字新聞に載っているような表現は、退屈で無味乾燥かもしれないけど、高確率であらゆる出身・あらゆる世代に通用するだろう。礼儀正しい表現だけ覚えれば、TPOによる使い分けもさほど意識せずにすむ。

 というわけで僕は、いまイギリスに滞在していて「生きた英語」を見聞きすることもできるけど、その時間は出来るだけ「死んだ英語」(よりフォーマルな英語)の習得にあてるようにしている。たとえばバーで出会った女の子に小粋な口説き文句でお近づきになる、ということは出来ないけど(日本でも出来ない)、幅広い世代・バックグラウンドの人たちと過不足なく意思疎通ができる方が日本に帰ってからも便利なんじゃないかと思っている。