アラサー社会人のイギリス大学院留学

エディンバラ大学の修士課程で四苦八苦しながら勉強しています。

キョドった数だけ人は成長する

 キョドる、という若者言葉がある。何か予定外のことが起こったときや、何かを初めて経験するときに、その場で求められる振る舞いがわからずに動揺した素振りを見せることだ。ちなみに語源は「挙動不審」から来ている。よくネタにされる「スタバでの注文の仕方がわからない」などの例が典型的だ。

 先述した定義からもわかるように、「キョドる」人はわりと「他人の目を気にする」傾向を持っているように思う。初めての経験であっても、知らないことを恥と思わず冷静に対処すれば「キョドる」必要はない。しかし僕みたいに他人の評価がついつい気になってしまう人間は、初めての喫茶店に行くたびに、初めての国に行くたびに、あるいは初対面の人と話すたびに「キョドる」。ついでに言うと僕は未だにスタバが若干怖い(日本でもイギリスでも)。

 そんな人間が留学=海外生活なんてするともう大変で、外を歩くたびにキョドりまくることになる。喫茶店やレストランはもとより、最初は信号を渡ったりスーパーで買い物をするときにも若干キョドっていた。他にも授業で発言するとき、旅行に出るとき、同級生と遊びにいくときなど、キョドりの種は海外生活に満ち溢れている。

 一方で、それは自分が新しい経験をしているということでもある。留学前のサラリーマン生活ではあまりキョドることはなかったけど、それは決まった人と顔を合わせて決まった場所で決まった仕事をしていたからに他ならない。いわば新しい知見を手にいれるためにキョドりは必要な痛みなのだ。「そうか、スタバではスモールじゃなくてショートっていうのね」みたいな。ビジネス書でいうと「コンフォートゾーンから出る」というやつだ。

 そんなわけで僕はわりと本気で「キョドった数だけ人は成長する」という原則を信じている。もちろんキョドっている最中はもう恥ずかしいし不安だし、キョドらずに済むならその方がいいのだけど、これも必要な苦労だと考えて割り切ることにしている。