アラサー社会人のイギリス大学院留学

エディンバラ大学の修士課程で四苦八苦しながら勉強しています。

英語を勉強するための英語力

 

 英語を学習する際、あるいは最終的に英語圏の国に留学/在住/就職したい場合、「どの程度日本で英語を学習しておくべきか」は悩ましい問題だと思う。主に「英語を勉強するならとにかく早く海外に出るべき」「まずは日本でしっかり勉強してから」という2つの派閥があるようで(なかには「英語を勉強するなら日本でも十分。海外に出る必要はない」という意見もあるみたいだけど)、どちらにも説得力があるように思える。

 僕がなんとなく考える目安は「英語で行われる各種の説明が(なんとなく)わかるようになってから行くのがよいのではないか」ということ。たとえば現地の語学学校や大学に通う場合、講師や係員から授業の仕組み、成績評価の方法、あるいはアパートの鍵の扱い方など多岐にわたる説明が行われるだろうけど、そもそもこれらの説明が理解できないと勉強のための準備が整わない。インターネットのミームでいうところの「服を買いに行く服がない」というやつだ。

 例を挙げると、僕は10年ほど前にカナダへ語学留学に行ったことがある。しかしそれが初めての海外経験であり、なおかつろくに予習しないで渡航してしまったため、初期説明がまったく理解できずにすごく苦労した。寮の鍵がオートロックになっていることを知らずに何度も締め出されたし(さすがに3回目くらいで仕組みを理解した)、洗濯機の使い方すらわからなかったくらいだ。もちろんこうした苦労も勉強のうちといえるかもしれないけど、経験している最中はたまったもんじゃないし、どうせどこか別の場所で苦労するのだから「防げる苦労」は防いでしまいたい。

 一方で「チュートリアルを理解する」というのは意外に難しい。そもそも色んなシステムが日本とイギリス(あるいは他の英語圏の国々)で違うし、説明書や授業のシラバスといった説明書類は一般的に防衛的な文章になりがちだと思う(日本語でも定款やら利用規約やらは読むのが面倒ですよね)。白状すると僕は未だにチュートリアルが理解できなくてまごつくことがある。僕は大学院生としてイギリスに来ているけれど、正直に言って得意分野の専門書を読む方がずっと楽だ。

 多くの日本人にとって、口頭での説明の方が文書の説明より難関だろう。まずはリスニング力を鍛えて、それから英語でも日本語でもよいので渡航予定の国と日本との違いを予習しておくとよいと思う。

 

 

「死んだ英語」でもいい

 日本の英語教材に、ときどき「ネイティブの生きた英語を学ぼう」という趣旨のブログ記事や参考書がある。この場合「生きた英語」とは現代に生きる英語のネイティブスピーカーが日常生活で使う単語や表現を意味する。

 もちろんこうした表現はコミュニケーションにおいて重要だし、その表現をきっかけに他人と打ち解けられる場合もあるだろう。しかしながら、「生きた英語」は概して用法が難しい。場合によっては皮肉やちょっと刺激的なニュアンスが含まれていることもあるし、何よりカジュアルな表現であるケースが多いのでTPOをわきまえた使い方をしなければならない。また、僕のような非ネイティブスピーカー相手には通じない可能性も考慮する必要がある。ネイティブスピーカーであっても、世代や住んでいる場所によっては通じないこともあるだろう。

 その点「死んだ英語」、典型的には英語の教科書や英字新聞に載っているような表現は、退屈で無味乾燥かもしれないけど、高確率であらゆる出身・あらゆる世代に通用するだろう。礼儀正しい表現だけ覚えれば、TPOによる使い分けもさほど意識せずにすむ。

 というわけで僕は、いまイギリスに滞在していて「生きた英語」を見聞きすることもできるけど、その時間は出来るだけ「死んだ英語」(よりフォーマルな英語)の習得にあてるようにしている。たとえばバーで出会った女の子に小粋な口説き文句でお近づきになる、ということは出来ないけど(日本でも出来ない)、幅広い世代・バックグラウンドの人たちと過不足なく意思疎通ができる方が日本に帰ってからも便利なんじゃないかと思っている。

 

セルフレジ

 イギリスでデビットカードに並んで便利だなあと思うものはセルフレジだ。そこそこの広さのスーパーマーケット、特にTESCOとかSainsbury'sみたいなチェーン店に設置されていることが多い。

 セルフレジの何がよいって、小銭が余って仕方がないときや、逆に10・20ポンド札をくずしたいときなどに利用できるところだ。日本では出来るだけ小銭は最小限に抑える(50円玉2枚は持たない、とか)ようにしているけど、イギリスだと20ペンスとか(日本人から見て)半端な硬貨があったりして、ついつい小銭がたまりがちになる。またスーパーマーケットでもカフェでも、有人レジで20ポンド以上の大きなお札を出すと露骨に嫌な顔をされる。こういうときにセルフレジに行くと、自分のペースで小銭を調整できるので非常にありがたい。といってもデビットカードを手に入れてからはほとんどカードで会計しているのだけど。

 たまに有人レジに行くと思うのは、イギリス人の袋詰めスキルがきわめて低いこと。日本のスーパーマーケットのおばちゃんたちの芸術的な手さばきと比べるのはさすがにかわいそうだけど、それにしたっていくらなんでももう少し考えて入れてくれよと思うことがなきにしもあらず。「ああこの人は本当に適当な順に袋に入れているんだな」とあきらめの境地に至ることが多い。大抵のイギリス的レジ係よりも一般的な日本人の方が袋詰めスキルは高いと思う。

 

エディンバラ新生活に便利な生活雑貨店

 エディンバラで新生活を始める際に僕がよく買い物していた生活雑貨の店です。といっても、僕もエディンバラ生活1年生なので、他によいお店があったら教えてください。

 

 Poundsavers:Nicolson Streetにある。中東系のおっちゃんたち(顔はむっつりしてて怖いけど聞くと色々教えてくれる)が店番をしている。値段は非常に安い。安すぎてちょっと調理器具とか食器を買うのには躊躇するくらい(いくつか買ったけど)。気にする人は、日本の百均くらいの感覚であまりデリケートでないものを買うのがよいと思う。僕は収納グッズや電気ポット、洗濯カゴなどを買った。

 

 Lakeland:Hanover Streetにある。キッチン用品がメインかな? 雑貨がどれもかわいらしくて好き。が、親しみやすそうな雰囲気とは裏腹?に意外と値段は張る印象(たぶんJohn Lewisの中上位価格帯くらい)。「まあ1年しかいないから安いのでいいかな…」と思って買わなかった商品がいくつかある。2年以上エディンバラに滞在する人はここかJohn Lewisで揃えるといいんじゃないかと思う。食器の乾燥棚や水道のキャップ(浄水とかではなくて、単に蛇口をシャワーにするもの)などを買った。

 

 John Lewis:Leith Streetにある。割と大きい店なので大体なんでもそろう。カーテン、バス用品、寝具、オーディオ、包丁などなど幅広い。価格帯もわりかし手頃なものから高級品まで揃っている。ここでは鍋、まな板、水筒などを買った。

 

 イギリスでは家具付きのアパートが多いので、引っ越し後に家具や家電を買う必要はない。これはとてもありがたい。僕の場合、食器とか調理器具とか収納グッズとかハンガーとかを買って、全部で200ポンドくらいだったと思う。

 

エディンバラと人種差別

 エディンバラに来るまでは「アジア人だからという理由で差別されるんじゃないか」と漠然と心配していた。何か根拠があったわけではなく、ただ単に長いこと外国に滞在するのが初めてだったので不安が膨らんでいたのだ。

 こちらに来てから数ヶ月経つけど、実際に差別的な扱いを受けることはまずない。ほとんどの人は快く接してくれるし、あからさまに対応が変わったりすることも経験したことがない。たまに売店とかレストランでカッチーンと来る対応をされたりすることもあるけど、よくよく観察していると、大抵の場合そういう人は誰に対しても同じような対応をしている(ちょっと信じがたいことだけど、誰に対してもお釣りを投げてよこすスーパーのレジ係とかたまにいる)。

 もちろん人種差別主義的な御仁はどこにでもいる(日本にも山ほどいる)し、街ですれ違った人もひょっとしたら「このアジア人め」とか思っているかもしれない。ただそれを公衆の面前であらわにされることはないし、僕も「そういう人たち」のいそうな場所には出向かないようにしているので、今までトラブルに出くわしたことはない。

 ただ、自分が差別を「受けるかもしれない」側に立って初めて感じたのだけど、「いま自分は差別を受けている」と明確に断定することは非常に難しい。先ほども書いたように、僕に対して態度の悪い人はただ単にそういう性格なのかもしれないし、あるいは僕の他の部分(心当たりはたくさんある)が気に入らなかったのかもしれない。それは言い換えると、差別的な対応をした人物が「違うよ、これは差別ではないよ。お前の態度が気に入らなかったんだよ」と言い逃れすることが非常にたやすいということを意味する。特にマイノリティとして慣れない外国で暮らしている場合、この見えない不安感はけっこう堪えると思う。

 同じことは人種差別だけではなく、他の差別についても言える。たとえば男女差別。「個人の能力に基づいて評価している」としながら経営幹部になれるのは男性だけ、という守旧的な会社は山ほどある。そして、たとえば能力のある女性が昇進できない場合、それが性別のせいであると「立証」することは極めて難しい。昇進に必要とされる能力的水準を「誰が見ても明らかに」超えている必要があるからだ。

 話を戻す。僕は日本人で、日本以外の国籍は持っておらず、男性で、関東出身、特に身体・精神的な障害もない、四年生大学を卒業した、つまりマジョリティである。日本にいると意識しない「差別されるかもしれない不安」は、もちろん意識しないで済むならそれに越したことはないんだけど、貴重な教訓になる。

(追記:読み返したらなんだか結論部分がねじれていたので書き直した)

 

学校での学び、仕事での学び

 学校での学びと仕事での学びは、「道筋を用意してくれるかどうか」が最も大きな違いだと思う。
 学校では、当然ながら学校(正確には先生方とか、文部科学省の職員とか、教科書の出版社とか)が「どう学べば適切にそのスキルがつくか」を考えてくれる。たとえば算数だったら◯◯を授業で教えた後に練習問題を解かせるとか、プログラミングであればオブジェクト志向の概念を説明した後にJavaScriptあたりで何かを作るとか。もちろんこの道筋が必ず正しいというわけではなく、先生のスキルや考え方、生徒との相性によって変わってくるだろう。それでも「こうすればスキル/知識が身につく」という道筋を向こうが用意してくれる点は変わらない。
 他方で仕事では、それによって身につくスキルや効率的な学習方法などは自分以外に誰も考えてくれない。会社の都合によっては、将来まったく需要が見込めず、熟練による上達もないような袋小路的仕事に従事させられる場合もある。
 僕は日本にいるときは仕事に追われてヒイヒイ言っていたけど、こちらに来てからもやっぱり課題や試験に追われてヒイヒイ言っている。一見すると、お金を支払いながらヒイヒイ言っているという奇妙な事態になるわけだけど、身につくスキルや効率性に「保証」(繰り返すが必ず正しいとは限らない)がある点が異なる。すごく乱暴に言ってしまえば、学費+機会費用(その間働いていればもらえたであろう給料)=約1,000万円近くがその「保証」の値段というわけだ。
 会社の都合によってはスキルアップが絶望的な仕事に従事させられる場合がある、と僕は書いたけれど、そうは言っても日本の会社では一応いろんなことを教えてくれるケースが多い気がする(ヨーロッパでの働き方の例を聞いていると、その「職」に就くという意識が強い気がする。◯◯社に勤めるのではなくて「ウェブ開発者」として仕事をするという感じ)。もちろん日本でも教育体制の整った企業に限られるし、身につくスキルも「その会社で働くためのスキル」でしかないのだけれど、仕事に教育的視点を持ち込んでくれる(ちゃんと従業員を教育した方が有益だと会社が判断する)というのは長期雇用のいいところだと思う。
 日本の社会人は諸外国に比べて勉強しない、社会人大学/大学院で学ぶ人が少ないという話をたまに聞くけれど、その真偽/是非は置いておいて、会社が教育の一部を肩代わりしてくれるから大学で勉強しなおす必要がない、という面はあるように思う。

 

合格通知が来た後にすること(2)

 前回記事の続き。
 進学先をひとつに絞ったら、次は住居の手配。大抵の場合は大学側で「大学の宿舎に入居したい人はフォームから申し込んでね」といった感じの案内があると思うのでそれに従う。たぶん留学生(特に遠方から来る留学生)はちょっと優先してくれるんじゃないかと思うんだけれど、満員になると入寮できないというケースがありうるので早めに申し込むのがよいと思う。家族連れの場合、大学の斡旋する宿舎に入れる可能性がぐっと低くなるので、民間のアパートを借りる前提で考えておいた方がいいかもしれない。僕の場合、当初は1人で行く予定だったけど、直前になって奥さんもイギリスに来られることになったので、宿舎の予約をキャンセルして民間のアパートを借りることになった。
 それから、並行して授業の課題図書を読んでおくとよい。単純にリーディングの勉強になるし、授業内容のイメージも湧く。僕の場合、専攻の紹介冊子(PDFファイル)から必須の授業を確認し、授業名+University of Edinburghとか検索して授業の紹介ページを見つけてReading Listに載っている文献を手に入れた。課題図書の日本語版があったらそちらを読んでざっくりとした要約を頭に入れてから英語版を読んでもよい。
 加えて保険、ビザ(こちらの記事も参照)、航空券など細々した手続きや手配を行う。