アラサー社会人のイギリス大学院留学

エディンバラ大学の修士課程で四苦八苦しながら勉強しています。

『けものフレンズ』式、海外雑談サバイバル術(2)

 前回記事の続き。何気ない雑談を乗り切る(「?」と相手に思わせない)ための会話フレーズ。

 たーのしー!:レストランで食事していると、ウェイター/ウェイトレスの人がたまに「何か問題はない?」みたいに話しかけてくることがある。たいていはEverything is fine.とかLovely.とか答える。ホテルをチェックアウトするときも同様のことを聞かれるときがあるので、Qutie comfortable.とか答えればよいと思う。

 大丈夫ー!:誰かにSorry.とか謝られたときは、大丈夫ですという意志を示すためにThat's OK.とかIt's fine.とかNo problem.とか言えばよい。お店で何かを断るとき、たとえばカフェで「他に注文はあるか」と聞かれて「ない」と答えるときはNo, that's all. Thank you.とか返す。

 そうなんだー!:特に海外生活の始めは、誰かに何かを説明してもらうことが多いと思う。アパートの設備について、大学の図書館について、などなど。自分が内容を理解できて、かつ相槌に困ったらOkay.とかMakes sense.とかSure.とか言っておけばよい。説明が腑に落ちないとき、相手の話をうまく聞き取れないときはまずExcuse me.と言って相手がぺらぺら話し続けることを防ぎ、I couldn't catch your point.とかCan I confirm one point?とか言って「自分が腑に落ちていないこと」「その場所」を指摘する必要がある。

 以上です。こんな貧相な語彙でも最低限の相槌というか、「何でもいいけど何か一言いわなきゃいけない」みたいなときにちょっとは役立つ。

 もちろん、日常生活では常に肯定的な相槌を打てるわけではなく(日本と同じですね)、迂闊にOKとか言ってはいけないときはある。当然ながら僕もいつもきちんと指摘できているわけではなく、後から「やっぱあの話意味不明だなあ」とか「お釣りが少ないことを指摘すればよかった」とか後悔することはある(いちおうイギリス人の名誉のために言っておくと、ほとんどのお店で極めて正確にお釣りを渡してくれる。僕が遭遇したのは明らかにおしゃべりしながらお釣りを数えていたがためのウッカリ案件である)。模索の日々は続く。

 

『けものフレンズ』式、海外雑談サバイバル術(1)

 僕は雑談が苦手だ。特にいわゆる「他愛のない雑談」が苦手。主題や目的のない対話ほど対応に苦慮するものはない、と思っている(もちろん極めて仲の良い人とだったらまったく苦にならないんだけど、そうでない人との雑談で緊張するタイプなのです)。

 一方で日本では『けものフレンズ』が流行っているらしい。正確には、けものフレンズ的世界観を基にして「すごーい!」「たーのしー!」「大丈夫ー!」「そうなんだー!」「君は◯◯が得意なフレンズなんだね!」などの賞賛フレーズで構成される毒のない会話が流行っているという記事を読んだ。記事には「知能指数が下がる」とか書かれているけど、僕がイギリスでしている雑談ってこれとあんまり変わらない。

 逆に言えば、必要最低限の雑談は『けものフレンズ』くらいの語彙で何とか間に合わせることができる。

 先に断っておくと、本当にきちんと自分の考えを説明しなければいけない場面も多々あるので、そういうときには論理立てて意見を述べる必要がある。今回の話は、どう答えたって大勢に影響のない、日常の「他愛ない会話」を念頭に置いている。こうした会話が極めて難しく感じる僕のような人のためのマニュアルだと思ってください。

  すごーい!:まずは基本。誰かの話を聞いて特に感想がない場合は、別に何も良くなくてもThat's good.とかIt's interesting.とか単にGoodとか答えるとよい。僕の中学校のときの英語の先生は「いいか、英語の感覚ではGoodが普通なんだ。Greatまで言われたら『良い』ということだ」と言っていた。慣れてきたらIt reminds me...と前置きして関係ない自分の話を始めるとコミュニケーションしてる感じになる。なんだかとんでもないことを書いているように見えるかもしれないけど、実際の会話ってけっこう噛み合ってなくても問題なく進むものだと思う。僕の専攻にとてもお喋りな女の子たちが3、4人いて、始終ぺちゃくちゃ喋っている(僕は遠巻きに「よく動く口だねえ…」と思いながら見ている)のだけど、よくよく聞いているとお互いが自分の思い出話やら感想を言い合うだけで、特に直前の話と密接に絡んでいるわけではないことがわかる。もちろんメインのテーマ(たとえば「ハイスクールの思い出」とか「来週〆切の課題について」とか)はあるけど、はたから聞いていると「それあんま関係なくね?」と思う話題の飛び方も多い。

 長くなってしまったので、続きは次回に書きます。

 たーのしー!

日本人ひとりでよかったこと(2)

 前に書いた記事からさらにいくつか思いついたので追記。

 日本人がひとりだけだと「日本人」キャラが立ちやすい。何でもっと早く思い出さなかったのか不思議なくらいにこの恩恵を受けている。たぶん名前も覚えてもらいやすいんじゃないかと思う(しかし、やはり外国人の名前を見分けるのは難しいようで、一度だけ僕の同級生が間違えて何故か僕の友人にFacebookのフレンド申請を送っていたことがあった)。

 他にも、日本関連のトピックを振ってもらいやすい。たとえば僕のコースには日本のアニメやゲームを好きな学生が何名かいて、彼らとはよくアニメの話をする(『君の名は』とかジブリ作品とか、ちょっと前のテレビアニメとか)。また、人から「日本人のこの人が好きなんだけど、知ってる?」と言ってもらえたりする。たとえば今までだと安藤忠雄とか坂本龍一とか。

 また、授業で日本に関連する話が出たときは「日本ではこうらしいけど、ed180は知ってる?」とか声をかけてもらえたりする(ぶっちゃけ急に話を振られると困る場合もあるけど、最近は何とか「そうですね、日本では……」と即席で適当に話ができるようになった)。

 僕がいるのはデジタルデザインに関する専攻なので、SF映画がよく話題に上ることが多い。よく引用される日本の作品は『攻殻機動隊』『七人の侍』(SFじゃないけど)など。ちなみに海外作品でよく例に出されるのは『ブレードランナー』『1984』『スター・トレック』、最近の作品では『マトリックス』『アイ・ロボット』『エクス・マキナ』など。

ヨーロッパ大陸での英語

 ヨーロッパに旅行して何ともありがたいのは、とにかく英語が通じること! もちろんマナーとして現地の言葉(「こんにちは」とか「ありがとう」とか「日本から来ました」とか)を少しは覚えるけど、ちょっと込み入ったことを聞きたいときには英語で意思疎通できると非常にありがたい。

 それに、言語的に近いとはいえ第二言語なので、心なしかゆっくりと話してくれるように思う。強い訛りもないので、きわめて聞き取りやすい(率直に言ってエディンバラ訛りのある人よりずっと話しやすい)。エディンバラからヨーロッパに来ると、英語が聞き取れることにまず驚く。

 ただ一度だけ、ウィーンのスーパーマーケットで店員のお兄ちゃんに英語で話しかけたらまったく理解されず別の店員を紹介されたことがある。こういう判断をするのはあまりよくないことなんだろうけど、彼は若かったし、「若い頃はやんちゃしてたぜ」系にも見えなかったので、ちょっと驚いた。ただシャイなだけだったのかもしれないけど。しかし逆に言えば、こういう経験が印象に残ってしまうくらいヨーロッパでは英語での会話が浸透している。

 ここまで英語が通じると、ついつい「ヨーロッパ大陸の大学院でもよかったかな」と思ってしまう。すべての科目を英語で履修できる専攻もあるそうだし、学費もイギリスやアメリカに比べて割安と聞いている(念入りに調べたわけではなく、経験者の方のブログやら何やらを眺めただけなので実際にはわからないけれど)。

 

チーム仕事

 授業ではチームで課題を提出することがある。1学期は個人作業が多かったけど、2学期は応用・実践的な課題が多くなってきたためかチームで作業することが多い。当然ながらチームメンバーの出身地は多彩だ。スコットランド、中国、インドネシア、クウェート、などなど。日本にいるときは当然(いや世界的に見たら当然では決してないのだけど)チームメンバーは日本人だけだが、ここでは日本人は基本的に僕ひとりだけ。とても新鮮な体験だ。

 ではチームで仕事をするに当たって、日本人だけのチームとグローバルのチームで何か特別な違いがあるかというと、あんまり思いつかない。うまくチームで仕事をする条件は、どちらの場合も大体同じだ。他人の意見を尊重する、かといって何でも他人任せ(他人の言う通り)にはしない、意見を述べる場合は言葉遣いに気をつける、個々人の長所・短所を考えて適材適所の役割分担を心がける、など。

 もちろん実用的な事柄に関していくつか新しい注意は必要かもしれない。たとえば相手の宗教を尊重する(ランチを食べに行くときはハラル対応のレストランにする)とか、遠隔地にチームメンバーがいる場合(オンライン受講の学生も同じチームに割り当てられることがある)は時差に気をつけるとか。

 しかし、そうした一部の対応を除けば、気の使い方はあんまり日本と変わらないなあ、というのが僕の感想だ。課題に対してやる気のある人もいれば、あんまりない人もいる。ガンガン自分の意見を言っちゃうタイプの人もいれば、「言われたことはやるけど意見はあんまりないなあ」というタイプの人もいる。結局グローバル人材だなんだと言っても、人間相手の仕事であればやることは変わらないのかもしれない。

 

年配のウェイター/ウェイトレス

 イギリスで、あるいは欧州大陸のカフェやレストランに行くと、年配のウェイター/ウェイトレスを多く見かける。こうした「前線」に若者を割り当てる日本とは違うポイントのひとつだが、僕はこの文化がけっこう好きだ。ミュンヘンのビアガーデンで1リットルのビールジョッキをひょいひょい運んでたおばちゃんとか(僕より腕ずもうが強そうだった)、ウィーンのレストランでサーブするいかにも「オーストリア紳士」といった感じの年配の男性とか、店の雰囲気とマッチしていて非常によい。

 日本では、若いうちは店頭に立ち、あるいは営業職として取引先を回り、十分に経験を積んだら管理側に回る、というある種の世代間ワークシェアリングが成立している(または古き良き日本では成立していた)ように見える。もちろんどちらがいい/悪いという話ではないのだけど、現代ではそれがちょっと悪い方向に作用して、儒教的/封建的な思想をバックグラウンドとした「お客様は神様です」風潮を助長させたり、現場に過剰な負担を強いたりすることがまかりとおっていると感じることがある。

 安定したサービスの質、という点から見るとおそらく日本に軍配が上がるんだろう。実際、こちらではとんでもない「サービス」をする労働者もよくいる。旅行先で入ったスーパーマーケットに、お釣りやスキャンした商品を文字通り投げつけて寄越すおばちゃんがいた(僕の前にいた人にもやっていたから、もうそういう性格なんだと思う)。ここまで来ると苦笑するしかないし、腹が立つこともあるけど、これはこれで文化の違いが現れていて面白い。

 

日本人ひとりで不便なこと

 前回記事の続き。周囲に日本人がいないと色々と気楽なところがある一方で、不便に感じることもある。

 最も大きいのは、授業や日常生活で起こる言語的な苦労を助け合うことができないこと。たとえば学期始めの授業で「この授業では水曜10時から技術的なチュートリアルがあるからそちらにも参加してね」とかさらっと言われたりしたときに、英語のネイティブスピーカーたちはもちろんばっちり把握していて、中国人学生たちも独自のネットワークで(たぶんWeChatか何かで)情報共有して、僕だけヘマをやらかしてしまったようなことが何度かある。それ以外にも宿舎生活での細かいルールとか、何かの説明書きの趣旨がよくわからないときとか、母国語で誰かに相談できないのは不便。

 こういう苦労に遭遇すると「中国の学生は仲間がたくさんいていいなあ」と思ってしまうけど、きっと彼らには彼らなりの悩みとか不便があるんだろうと想像する。これはさすがに失礼だから未だに聞けていないけど、これだけ中国人が多いと出身地とか両親の社会階層とかで日本的マウンティングが起こっていても不思議ではない。

 本題に戻って、もうひとつ不便な点を挙げるとすれば、日本人ひとりだと日本恋しさが募るかもしれない。僕の場合は奥さんとふだん日本語で話しているし、いざとなればネットで日本のニュースやらアニメの話題に触れることができる(電子書籍でマンガだって買えちゃう)ので困ってはいないけど、周りに日本人がひとりいるのといないのとではけっこう違うだろうなと思う。