アラサー社会人のイギリス大学院留学

エディンバラ大学の修士課程で四苦八苦しながら勉強しています。

日本人ひとりでよかったこと

 僕の専攻には80名くらい学生がいるけど、日本人は僕1人だ。他専攻の学生も聴講する授業もいくつか受けてきたけど、日本人に会ったことはない。

 渡英前は、海外滞在経験がほとんどなかったこともあり、「日本人が少ない/1人の場所でやっていけるんだろうか」と少し心配だったけど、慣れてみると意外と気楽である。

 まず第一に他人と自分を比べることがなくなる。僕は「わかっちゃいるけど他人の目が気になる」タイプで、ついつい優れた同級生とか同期入社の同僚と自分を比べて落ち込んでしまう。きっとこちらでも、日本人留学生が身近にいて、僕より社交的で僕より英語がうまくて僕より成績がよかったりしたら、嫉妬で頭がいっぱいになっていただろう。出身大学とか、年収とか、社会的なポジションを気にせずに個人対個人の関係で話せるというのは、僕には非常に居心地がよい。たぶんこれと正反対の気質を持っているのが村上春樹のエッセイ『やがて哀しき外国語』に出てきた「共通一次男」(出会い頭に「僕の共通一次試験の点数はね…」「僕は◯◯省で課長補佐をしていてね…」などとマウンティングしてくる男性)なんだろう。

 それから、細かく気を使う必要があまりないのも気楽。まずもって僕の英語はきわめて拙いので、あてこすりやら嫌味やら皮肉なんて使えない(言えないし理解できない)。したがって、些細な言い回しに気を遣うことも少ない。というか喋っているときは正しい文法やら単語を選ぶことに手一杯でそんな余裕がない。また、相手の言動にちょっと「?」と思うことがあっても「まあ外国だしな」で済ませてしまうことができる(そもそも論を言えば、本当は日本でも「まあ他人だしな」で済ませてしまえばいいのだけど)。

 ちょっと長くなってしまったので続きは次回に書きます。 

得意なことで勝負する/苦手なことにチャレンジする

 ぜいたくな悩みといえばそうなんだけど、「得意なことで勝負する」と「苦手なことにチャレンジする」のバランス取りが難しい。

 原因は2学期に受講しているウェブデザインの授業。データベースに接続して何やかやするウェブサイトを3名1組で作りなさい、という課題。周囲はほとんどデザイナー出身=コードを書くのは初めてというケースが多いので、データベースやらPHPやらjQueryやらに四苦八苦している。

 僕は幸いなことに仕事でこれらの技術をかじった経験があるので、プログラム面では困らないが、チームメイトはデザイン経験しかないので「これでプログラムを書かずに済むぜ」と喜んでいる。頼りにされるのはよいことなんだけど、そもそも僕はデザインを学ぶためにここにいる。デザイナー/エンジニアと別れてウェブサイトを作ったら、日本でやっていたことの繰り返しになってしまう。かといって完全にコードとデザイン担当を逆転させるのもちょっと可哀想な気がするし、悩みどころ。

 しかし考えてみれば、同じようなパラドックスは大学だけではなくて会社でも起こりうる。僕の会社は技術ドリブンの会社ではまったくなく、僕もコードを本業?の片手間に勉強してどうにか覚えた。やはりIT技術があると仕事の自由度が広がるし、何かを覚えるごとに新しいことにも挑戦したくなってくるのだが、ITができると「ed180くん、この仕事ちょっとITで何とかしてくれないかな」なんて仕事が降ってきたりする。そういう頼みを真面目に聞いていると「便利なIT屋さん」になってしまい、自分の仕事ができない。

 現在進行形で悩み中である。

 

日本人コメ食い過ぎ問題

 イギリスに来てからコメをあまり食べなくなった。そもそも手に入りにくいし(中華系のスーパーマーケットに日本米があるのだけど、ちょっと遠い)、こちらのレストランに入るとおかずだけでお腹いっぱいになるのでコメを食べる必要がない。

 渡英する前は「毎日食べていたコメがなくなったら日本が恋しくなるんじゃないか」と思っていたけど、意外とそんなことはなく、せいぜい2週間に1度くらいコメを食べれば十分と思うようになってきた。

 こうしてこちらの食習慣に合わせておかずだけ(たとえばメインの魚料理とサラダだけとか)で食事を済ませるようになってくると、逆に今までコメを食べ過ぎていたのではないかという気になってくる。日本にいたときは当たり前のように肉+サラダ+コメみたいな組み合わせで食べていたし、ほぼ毎食コメ(でなければパンか麺)をつけていたけれど、冷静に考えると肉魚と野菜があれば十分なのではないだろうか。たとえば野菜の中にジャガイモか何かが含まれていればボリュームとしては申し分ないだろう。

 こう考えると、東京のサラリーマン生活で自分がすっかり炭水化物依存になっていたことを思い出す。立ち食いそばに行ってはそば+ミニ天丼を食べ、はなまるうどんに行ってはうどん+カレーのセットにしちゃう。もう豚骨ラーメンに白米をぶち込んで食べるとか狂気の沙汰である(いや大好きなんだけど)。

 東京に帰ったらちょっとコメを控えようと思いました。

 

変化のスピード

 よくビジネス誌なんかを読んでいると「時代は目まぐるしく変化している」とか「従来よりも変化のスピードが早い」とか言われる。もちろん社会が徐々に変化しているのは事実なんだろうけど、僕はそういう機微にうといからか「そんなに変化って早いかな?」と思ってしまう。

 日々の生活では、むしろ「なんで201X年にもなってこんなローテクなことやらなあかんねん」と憤ってしまうことが多い。たとえば選挙。決められた日に直接投票所まで出向いて、紙に鉛筆で名前を書いて……という、あの「昭和感」はもうちょっと何とかならないのかな、とよく考える。同じくらいの厳密さが求められる銀行振込だってオンライン化できているし、せっかく国勢調査だって前回オンライン化できたんだから、郵送で初期IDとパスワードを送る、くらいのセキュリティで手を打てないのかなあと。というか僕の個人的な感覚としては、郵送(書き留め等ではなく、普通郵便)で重要書類を送る方がネットで投票するよりセキュリティ的に怖い。他にも社会保障制度とかPTAとか家庭用インクジェットプリンタとか、早く変わってほしいものは山ほどある。

 たしかにネットや雑誌を読んでいると、その時々での局所的な話題は目まぐるしく変わる。今度は誰々が不倫した、とか次のウェブ開発におけるJavascriptフレームワークはこれだ、とか。一方で、時代が変わっても普遍な(不変な)要素は必ずどこかに存在する。それを見極めさえすれば、たとえ見てくれがガラリと変わっても本質を理解し続けられる。

 と少しカッコいいことを言ってしまったけど、実際の僕は最近のウェブ開発まわり(Angular.jsはもう古いか、もしくはReact.jsとか)に何度もついていこうとしながら挫折している。

イギリスで風邪

 風邪をひいてしばらく寝込んでいた。滞在6ヶ月目にして初めての病気らしい病気だ。たぶん旅行疲れ、あるいは疲れを放置して帰国翌日も図書館やらパブやらで活動した反動だと思う。

 イギリスの風邪は、日本と比べると症状はやや浅いが完治が遅い。先週の月曜日に初期症状が出て、かれこれ7日間くらいずっと熱が37度台から下がらなかった。まあ今回は2学期の第1週で出席必須のIntroductionが多かったという事情もある(日本でもそうだけど、学期の最初の週はコースの概要説明やらチーム分けやらがあったりするので、ここを欠席すると授業についていくのがぐっと困難になる。特にノンネイティブには大変)。

 具体的な症状としては、乾燥しているからか、はたまたあちこちでスパスパ煙草を吸っている人がいるからか、咳が特にひどい。本旨とは外れるが、少しでも喉を労わろうとTESCOで買った飴をずっと舐めていたら、どうも歯のエナメル質が削れて(溶けて)しまったらしく、歯磨きでしみるようになってしまった。飴の舐めすぎにも注意。今は代わりに咳止めシロップを飲んでいる(うがい薬を飲んでいるような味)。

 ただ、基本的には日本と同じ処置で問題ないと思う。野菜を中心に栄養のある温かいものを食べ(こういうときに料理を作ってくれる奥さんには本当に感謝している)、暖かくしてたっぷり眠る。

 風邪はけっこう流行っているようで、アパートのそこかしこからゴホゴホいう声が聞こえている。イギリスではマスクをする習慣はないので、当然ウイルスは街中に拡散されることになる。東京よりもずっと人口密度が低いのはいいことだが、やはり体調管理は大切。

 

話が通じるか/言葉が通じるか

 同級生たちとは、まあ出身地も世代も違うので色々と感覚は異なるのだけど、話題はいくらでもあるので話していて飽きない。もちろん日本文化圏で暮らしてきた人としかできない話(特定のテレビ番組の話とか)もあるけど、お互いの国の教育制度とか将来就きたい仕事とか恋愛とか、数千キロ離れた場所で生まれ育った人たちとだって話題はいくらでもある。少なくとも留学生たちは「文化の異なる人たちとコミュニケーションする」という(ある意味で当たり前なのだけど)準備ができているので、多少自分の国と異なる価値観に出会ったときでも、頭ごなしに否定することは少ない(僕は否定されたことはない)。

 翻って、日本で生きてきたときにはそれなりにたくさんの「話が通じない人」、すなわち宿命的に価値観の合わない人と意思疎通する機会(?)にめぐまれてきた。そういうときの徒労感ったらすさまじいもので、それに比べたら英語で「わりと話の通じる人」とコミュニケーションする方がずっと楽だ。少なくとも、「新しく会社に入った若者は宴会芸をやったり朝30分早く来て掃除するのが当たり前」とか考えているようなおじさんおばさんよりは、こちらにいる留学生たちとの方が話が通じやすい。

 そもそも日本語の場合、日本語話者=日本文化圏に属する人=日本で生まれ育った人、という図式が成立しやすいように見えるけど、先ほどの例のように世代や文化によって埋めがたい断絶は存在しうる。海外で文化的に謙虚になることも当然大事なんだけど、日本でも同様の態度でありたい。

 

ブログを書き続けること

 ようやくこのブログも記事数が60を超えた。PV的には過疎と呼んで差し支えない低空飛行だけど、まず自分がブログを続けられたことが嬉しい。

 白状すると、僕は以前にも何度かブログを書こうと思ったことがある。が、いずれも長続きせずに三日坊主で終わってしまった。このブログも、最初の方のエントリーを見ればわかるように、3回だけ書いて2ヶ月くらい間が空いている。再開のきっかけは奥さんに指導を受けたからだ。

 まずは自分の書きやすい文体で書くこと。僕の場合は普段書いている日記と同じ文体で書いている。文章を書きなれていない人がいきなり敬体(ですます調)で書いたりすると、ぎこちない文章になってしまって極めて書きにくい。

 それから長いエントリーを書こうとしないこと。「ブログ 記事 字数」といったワードで検索すると、1500文字とか3000文字を推奨字数とする記事が多い。が、僕みたいにそもそも文章を書いた経験が乏しい人間からすると、1500文字ってけっこう長い。大抵の場合、話題があっちこっちにそれて収拾がつかなくなったり、まとまりのないエントリーになってしまう(内容の水増しを暗に推奨するブログも多いけど。。。)。経験上、1つの主題に関してメモ書きのように思うことをパラパラと、主題から外れないくらいに書くと600字〜800字程度になる。このくらいが無理なくブログを続けられる字数なんじゃないかと思う。

 SEOを考えるのであればもう少し長い記事がよいのだろうけど、別にブログで食っていく(またはお小遣いを稼ぐ)ことを目的としていない場合は「自分の書きやすいスタイル」でよいと思う。