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アラサー社会人のイギリス大学院留学

エディンバラ大学の修士課程で四苦八苦しながら勉強しています。

日本人コメ食い過ぎ問題

 イギリスに来てからコメをあまり食べなくなった。そもそも手に入りにくいし(中華系のスーパーマーケットに日本米があるのだけど、ちょっと遠い)、こちらのレストランに入るとおかずだけでお腹いっぱいになるのでコメを食べる必要がない。

 渡英する前は「毎日食べていたコメがなくなったら日本が恋しくなるんじゃないか」と思っていたけど、意外とそんなことはなく、せいぜい2週間に1度くらいコメを食べれば十分と思うようになってきた。

 こうしてこちらの食習慣に合わせておかずだけ(たとえばメインの魚料理とサラダだけとか)で食事を済ませるようになってくると、逆に今までコメを食べ過ぎていたのではないかという気になってくる。日本にいたときは当たり前のように肉+サラダ+コメみたいな組み合わせで食べていたし、ほぼ毎食コメ(でなければパンか麺)をつけていたけれど、冷静に考えると肉魚と野菜があれば十分なのではないだろうか。たとえば野菜の中にジャガイモか何かが含まれていればボリュームとしては申し分ないだろう。

 こう考えると、東京のサラリーマン生活で自分がすっかり炭水化物依存になっていたことを思い出す。立ち食いそばに行ってはそば+ミニ天丼を食べ、はなまるうどんに行ってはうどん+カレーのセットにしちゃう。もう豚骨ラーメンに白米をぶち込んで食べるとか狂気の沙汰である(いや大好きなんだけど)。

 東京に帰ったらちょっとコメを控えようと思いました。

 

変化のスピード

 よくビジネス誌なんかを読んでいると「時代は目まぐるしく変化している」とか「従来よりも変化のスピードが早い」とか言われる。もちろん社会が徐々に変化しているのは事実なんだろうけど、僕はそういう機微にうといからか「そんなに変化って早いかな?」と思ってしまう。

 日々の生活では、むしろ「なんで201X年にもなってこんなローテクなことやらなあかんねん」と憤ってしまうことが多い。たとえば選挙。決められた日に直接投票所まで出向いて、紙に鉛筆で名前を書いて……という、あの「昭和感」はもうちょっと何とかならないのかな、とよく考える。同じくらいの厳密さが求められる銀行振込だってオンライン化できているし、せっかく国勢調査だって前回オンライン化できたんだから、郵送で初期IDとパスワードを送る、くらいのセキュリティで手を打てないのかなあと。というか僕の個人的な感覚としては、郵送(書き留め等ではなく、普通郵便)で重要書類を送る方がネットで投票するよりセキュリティ的に怖い。他にも社会保障制度とかPTAとか家庭用インクジェットプリンタとか、早く変わってほしいものは山ほどある。

 たしかにネットや雑誌を読んでいると、その時々での局所的な話題は目まぐるしく変わる。今度は誰々が不倫した、とか次のウェブ開発におけるJavascriptフレームワークはこれだ、とか。一方で、時代が変わっても普遍な(不変な)要素は必ずどこかに存在する。それを見極めさえすれば、たとえ見てくれがガラリと変わっても本質を理解し続けられる。

 と少しカッコいいことを言ってしまったけど、実際の僕は最近のウェブ開発まわり(Angular.jsはもう古いか、もしくはReact.jsとか)に何度もついていこうとしながら挫折している。

イギリスで風邪

 風邪をひいてしばらく寝込んでいた。滞在6ヶ月目にして初めての病気らしい病気だ。たぶん旅行疲れ、あるいは疲れを放置して帰国翌日も図書館やらパブやらで活動した反動だと思う。

 イギリスの風邪は、日本と比べると症状はやや浅いが完治が遅い。先週の月曜日に初期症状が出て、かれこれ7日間くらいずっと熱が37度台から下がらなかった。まあ今回は2学期の第1週で出席必須のIntroductionが多かったという事情もある(日本でもそうだけど、学期の最初の週はコースの概要説明やらチーム分けやらがあったりするので、ここを欠席すると授業についていくのがぐっと困難になる。特にノンネイティブには大変)。

 具体的な症状としては、乾燥しているからか、はたまたあちこちでスパスパ煙草を吸っている人がいるからか、咳が特にひどい。本旨とは外れるが、少しでも喉を労わろうとTESCOで買った飴をずっと舐めていたら、どうも歯のエナメル質が削れて(溶けて)しまったらしく、歯磨きでしみるようになってしまった。飴の舐めすぎにも注意。今は代わりに咳止めシロップを飲んでいる(うがい薬を飲んでいるような味)。

 ただ、基本的には日本と同じ処置で問題ないと思う。野菜を中心に栄養のある温かいものを食べ(こういうときに料理を作ってくれる奥さんには本当に感謝している)、暖かくしてたっぷり眠る。

 風邪はけっこう流行っているようで、アパートのそこかしこからゴホゴホいう声が聞こえている。イギリスではマスクをする習慣はないので、当然ウイルスは街中に拡散されることになる。東京よりもずっと人口密度が低いのはいいことだが、やはり体調管理は大切。

 

話が通じるか/言葉が通じるか

 同級生たちとは、まあ出身地も世代も違うので色々と感覚は異なるのだけど、話題はいくらでもあるので話していて飽きない。もちろん日本文化圏で暮らしてきた人としかできない話(特定のテレビ番組の話とか)もあるけど、お互いの国の教育制度とか将来就きたい仕事とか恋愛とか、数千キロ離れた場所で生まれ育った人たちとだって話題はいくらでもある。少なくとも留学生たちは「文化の異なる人たちとコミュニケーションする」という(ある意味で当たり前なのだけど)準備ができているので、多少自分の国と異なる価値観に出会ったときでも、頭ごなしに否定することは少ない(僕は否定されたことはない)。

 翻って、日本で生きてきたときにはそれなりにたくさんの「話が通じない人」、すなわち宿命的に価値観の合わない人と意思疎通する機会(?)にめぐまれてきた。そういうときの徒労感ったらすさまじいもので、それに比べたら英語で「わりと話の通じる人」とコミュニケーションする方がずっと楽だ。少なくとも、「新しく会社に入った若者は宴会芸をやったり朝30分早く来て掃除するのが当たり前」とか考えているようなおじさんおばさんよりは、こちらにいる留学生たちとの方が話が通じやすい。

 そもそも日本語の場合、日本語話者=日本文化圏に属する人=日本で生まれ育った人、という図式が成立しやすいように見えるけど、先ほどの例のように世代や文化によって埋めがたい断絶は存在しうる。海外で文化的に謙虚になることも当然大事なんだけど、日本でも同様の態度でありたい。

 

ブログを書き続けること

 ようやくこのブログも記事数が60を超えた。PV的には過疎と呼んで差し支えない低空飛行だけど、まず自分がブログを続けられたことが嬉しい。

 白状すると、僕は以前にも何度かブログを書こうと思ったことがある。が、いずれも長続きせずに三日坊主で終わってしまった。このブログも、最初の方のエントリーを見ればわかるように、3回だけ書いて2ヶ月くらい間が空いている。再開のきっかけは奥さんに指導を受けたからだ。

 まずは自分の書きやすい文体で書くこと。僕の場合は普段書いている日記と同じ文体で書いている。文章を書きなれていない人がいきなり敬体(ですます調)で書いたりすると、ぎこちない文章になってしまって極めて書きにくい。

 それから長いエントリーを書こうとしないこと。「ブログ 記事 字数」といったワードで検索すると、1500文字とか3000文字を推奨字数とする記事が多い。が、僕みたいにそもそも文章を書いた経験が乏しい人間からすると、1500文字ってけっこう長い。大抵の場合、話題があっちこっちにそれて収拾がつかなくなったり、まとまりのないエントリーになってしまう(内容の水増しを暗に推奨するブログも多いけど。。。)。経験上、1つの主題に関してメモ書きのように思うことをパラパラと、主題から外れないくらいに書くと600字〜800字程度になる。このくらいが無理なくブログを続けられる字数なんじゃないかと思う。

 SEOを考えるのであればもう少し長い記事がよいのだろうけど、別にブログで食っていく(またはお小遣いを稼ぐ)ことを目的としていない場合は「自分の書きやすいスタイル」でよいと思う。

 

エディンバラの年末年始

 エディンバラでは年末年始にホグマニー(Hogmanay)と呼ばれるイベントが開催される。12/30から1/2までの4日間に花火があったり、街の中心部を松明を持って練り歩いたり、花火があったり、ライブコンサートがあったりする(日本だと冬に花火はほとんど見ないけど、イギリスでは何かイベントがあるたびに花火が打ち上がる)。

 ホグマニーの各イベントに参加するには事前にチケットを買っておく必要がある。エディンバラ市内の在住者向けにはチケットが若干安くなるが、数が限られているので早めに予約しておくとよい。僕は12/31のカウントダウンイベントのチケットを買い、奥さんや友人と参加した。

 街の中心部に複数のステージがあり、合間合間に屋台などが並んでいる。なんといってもここはスコットランドなので、まあ騒がしい。踊り狂っている集団は予想の範囲内としても、反復横跳びみたいなことをしている集団がいたり、全裸になって肩車をされている男性がいたり(どちらかというと僕は彼を肩車したくない)、ペットボトルに入れたワインらしき液体をがぶ飲みしていたり(ガラス瓶が持ち込み禁止なのでペットボトルに入れたのだと思われる)、泥酔して地面に寝転がって電話している女性がいたりと、あまりコミュニケーションを取ろうとは思わないけど見る分には面白い。

 新年の60秒くらい前から全員でカウントダウンを始め、年が明けると花火が上がる。カウントダウンが始まる直前にニコラ・スタージョン(スコットランド自治政府首相)がスクリーンに映ってチャリティ募金の呼びかけをしていた。日本でもカウントダウンイベントに国会議員が出てきたりするんだろうか? 日本ではどちらかというとこうしたイベントに代議士が出てくることは好まれないような気がするが、何にせよ政治との距離が近いのはよいことだと思う。

 

 

キョドった数だけ人は成長する

 キョドる、という若者言葉がある。何か予定外のことが起こったときや、何かを初めて経験するときに、その場で求められる振る舞いがわからずに動揺した素振りを見せることだ。ちなみに語源は「挙動不審」から来ている。よくネタにされる「スタバでの注文の仕方がわからない」などの例が典型的だ。

 先述した定義からもわかるように、「キョドる」人はわりと「他人の目を気にする」傾向を持っているように思う。初めての経験であっても、知らないことを恥と思わず冷静に対処すれば「キョドる」必要はない。しかし僕みたいに他人の評価がついつい気になってしまう人間は、初めての喫茶店に行くたびに、初めての国に行くたびに、あるいは初対面の人と話すたびに「キョドる」。ついでに言うと僕は未だにスタバが若干怖い(日本でもイギリスでも)。

 そんな人間が留学=海外生活なんてするともう大変で、外を歩くたびにキョドりまくることになる。喫茶店やレストランはもとより、最初は信号を渡ったりスーパーで買い物をするときにも若干キョドっていた。他にも授業で発言するとき、旅行に出るとき、同級生と遊びにいくときなど、キョドりの種は海外生活に満ち溢れている。

 一方で、それは自分が新しい経験をしているということでもある。留学前のサラリーマン生活ではあまりキョドることはなかったけど、それは決まった人と顔を合わせて決まった場所で決まった仕事をしていたからに他ならない。いわば新しい知見を手にいれるためにキョドりは必要な痛みなのだ。「そうか、スタバではスモールじゃなくてショートっていうのね」みたいな。ビジネス書でいうと「コンフォートゾーンから出る」というやつだ。

 そんなわけで僕はわりと本気で「キョドった数だけ人は成長する」という原則を信じている。もちろんキョドっている最中はもう恥ずかしいし不安だし、キョドらずに済むならその方がいいのだけど、これも必要な苦労だと考えて割り切ることにしている。